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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)206号 判決 1974年6月24日

東京都武蔵野市中町二丁目二九番八号

原告

山田泰

右訴訟代理人弁護士

渋田幹雄

川口厳

手塚八郎

斉藤展夫

寺島勝洋

東京都武蔵野市吉祥寺三丁目二七番一号

被告

武蔵野税務署長

北原孝雄

右指定代理人

伴義聖

月原進

和泉田三喜造

柿原隆則

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

1. 原告の昭和三九年分の所得税について被告が昭和四〇年一二月二一日付でした更正(ただし、審査裁決によって維持された部分)のうち、総所得金額四六万七二二〇円、所得税額一万三四〇〇円をこえる部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2. 訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文と同旨の判決

第二、原告の請求原因

一、本件処分の経緯

原告は、武蔵野市内において青果物等の小売店を経営するものであるが、昭和三九年分の所得税について、総所得金額四六万七二二〇円、所得税額一万三四〇〇円との確定申告をしたところ、被告は、昭和四〇年一二月二一日付で総所得金額を八一万三八三三円、所得税額を六万二七〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税二四五〇円の賦課決定(右両処分を合わせて「本件処分」という。)をした。そして、本件処分は、その後原告の審査請求についての裁決により、総所得金額七一万一七四六円、所得税額四万七七〇〇円、過少申告加算税額一七〇〇円をこえる部分は取り消された。

二、本件処分の違法事由

しかしながら、本件処分は、次のとおり、その手続に違法があり、また、所得を過大に認定したものであるから違法である。

1. 質問検査権の違法な行使

旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法。以下「旧所得税法」という。)六三条所定の質問検査権の行使は、納税者の申告以外にも納税義務があることが客観的に明らかな場合、例えば、申告後別個の所得の存在が明らかになった場合などに限られるというべきところ、被告は、原告の確定申告以外にも納税義務があることを証明することなく、原告に対して質問検査権を行使して調査したものである。

また、質問検査権は、納税者の営業活動を停滞させ、得意先や銀行等の信用を失墜させ、その他私生活の平穏を著しく害するような態様において行使することは許されないものというべきところ、被告の職員は、五回にもわたり根拠のない原告方の臨店調査(うち、一回は事前通知もなく突然臨店した。)を行ったため、原告の営業活動を著しく停滞させた。

そして本件処分は、右のような違法な調査に基づくものであるから、違法である。

2. 結社権等の侵害

被告は、国税庁の民主商工会に対する破壊ないし弱体化政策の一環として、昭和三六年以来武蔵野民主商工会の活発な会員であった原告を同会から離反ないし脱会させるために、原告に対し前記のような徹底的な調査及び本件処分を行ったもので、右は、原告が民主商工会の目的を支持し、同会に加入し活動していることを理由として行われた差別的行為であるから、憲法一三、一四、一九、二一条に違反するものである。

3. 所得の過大認定

原告の昭和三九年分の総所得金額は、前示確定申告額のとおりであるのに、被告は、これを過大に認定して本件処分をしたのであって、本件処分は、右確定申告額をこえる限度において違法というべきである。

三、結論

よって、原告は、本件処分(ただし、前記審査裁決によって維持された部分)のうち、確定申告にかかる総所得金額四六万七二二〇円、所得税額一万三四〇〇円をこえる部分及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一、請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認めるが、同二の事実は争う。

二、被告の主張

1. 推計課税の根拠

被告係官は、原告の係争年分の所得の調査に当たり、原告に対し、繰り返し帳簿、書類の提示を求めたが、原告は、収支明細の一覧表と領収書とを提示したのみで、他の帳簿、書類は全く提示しなかったばかりでなく、被告係官の再三の臨店調査の際、第三者を同席させたりして調査拒否の態度を続けた。

また、原告は、その異議申立てに対する被告係官の調査に際しても、右と同様の態度をとり続けて調査を拒否した。更に原告は、その審査請求に対する担当協議官の調査において、始めて前記書類のほかに新たに市場からの月別仕入金額の合計を証明したものと売上帳とを提示したが、日々の入出金ないし売上げの原始記録等はなく、売掛分の取引を明らかにした証拠書類もなく、また、新たに提示された売上帳が原処分の調査当時に提示されなかった理由も明確でないことなどにかんがみ、原告の右帳簿類は信用できないものであった。

よって、原告の昭和三九年分の所得税については、原告の所得金額の実額を把握することが困難であって、これを推計によって算定するのが相当な状況にあった。

2. 所得計算の根拠

(一)  第一次的主張

(1) 売上金額 八九六万七二〇九円

武蔵野税務署管内の昭和三九年一二月三一日現在で市政施行地(武蔵野市、三鷹市及び小金井市)内に事業所を有する青色申告者で、青果(果物を専業に販売する者を除く。)の小売店を営む個人事業者であり、かつ、原告と同程度の事業規模(仕入金額がおおむね三六〇万円をこえ、かつ、一〇六〇万円をこえないもの)を有する事業継続者のうち、昭和三九年の途中で事業を開廃した者及び個人から法人組織に変更した者等特殊事情を有する者を除いた者(以下「同業者」という。)二四名の昭和三九年分の売上金額、売上差益金額から差益率の加重平均を求めると、二〇・七三パーセント(ちなみに、昭和三九年中における青果物の中央卸売市場発表の卸売価格及び都標準小売価格を基礎にして試算した青果物の掛値割合は、三七・〇一パーセントであって、被告採用の差益率を遙かに上廻っている。)となる。そこで、原者の昭和三九年分の仕入金額(売上原価)七一〇万八三〇七円を基とし、これに右差益率を適用して、昭和三九年分の売上金額を算出すると、別紙計算式(1)のとおり八九六万七二〇九円となる。

(2) 売上原価(仕入金額) 七一〇万八三〇七円

右は、原告の仕入先である東京多摩青果株式会社(以下「多摩青果」という。)からの仕入金額六三一万一四〇七円(仕入金総額六三五万〇四〇七円のうち三万九〇〇〇円は消耗品費であるため同額を控除した金額)と現金仕入分七九万六九〇〇円との合計額である。

(3) 一般経費 五一万八二一八円

(4) 雑収入金額 二万〇六二四円

(5) 雇人費 四三万五〇〇〇円

(6) 地代・家賃 一二万六〇〇〇円

(7) 専従者控除額 八万六三〇〇円

(8) 差引所得金額 七一万四〇〇八円

以上の項目中(1)から(2)及び(3)を控除した額に(4)を加算し、さらに、(5)ないし(7)を控除して原告の所得金額を算出したものである。

したがって、右金額の範囲内でされた本件処分は適法なものである。

(二)  第二次的主張

仮に、被告の右の第一次的主張が認められないとしても、次の所得計算の根拠によって本件処分は適法なものというべきである。

(1) 売上金額 八九九万一〇二八円

前記(一)の(1)記載の同業者のうち、いわゆる仕入割もどし金(歩もどし金、リベートともいう。)を雑収入として計上していることが明らかな六業者について、差益率の加重平均を求めると、二〇・九四パーセントとなる。そこで、前記(一)の(1)記載の仕入金額に右の平均差益率を適用して、原告の昭和三九年分の売上金額を算出すると、別紙計算式(2)のとおり八九九万一〇二八円となる。

(2) 売上原価、一般経費、雑収入金額、雇人費、地代家賃及び専従者控除額は、いずれも前記(一)の(2)ないし(7)におけるそれと同一である。

(3) 差引所得金額 七三万七八二七円

したがって、右金額の範囲内でされた本件処分は適法なものである。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一、被告の主張に対する認否

1. 被告の主張1の事実のうち、被告係官が本件調査の際に原告に帳簿書類の提示を求めたこと、これに対し原告が収支明細の一覧表と領収書とを提示したこと(ただし、同時に売上帳も提示した。)、被告係官の臨店調査のときに第三者(原告の実兄や武蔵野民商の事務局員ら)を同席させたことがあることは認めるが、その余の事実は争う(被告係官は原告方に臨店した際、調査の根拠を告げず、民商事務局員らの立会を拒否し、かつ、一方的に臨店しながら、原告が調査に応じないときめつけているのである。)。

2. 被告の主張2の(一)の事実のうち、(3)、(5)ないし(7)の各項目の金額が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の各点は争う。

なお、売上金額は八七三万四一三三円、自家消費は三万六〇〇〇円、売上原価は七一四万七三〇七円、雑収入金額は六九九二円、差引事業所得金額は四六万四三〇〇円である。

3. 被告の主張2の(二)の事実のうち、(2)の一般経費、雇人費、地代・家賃、専従者控除額は認めるが、その余の事実は争う。

二、被告の主張に対する原告の反論

1. 本件のような課税処分の取消訴訟は、当該処分の瑕疵を理由としてその取消しを求めるものであるから、その訴訟の対象は原処分の違法事由の存否でなければならない。したがって、被告が本件処分における所得計算の根拠について本件訴訟において新たに主張を追加して原処分の適法性、合理性を補うことは許されないものというべきである。

2. 旧所得税法四五条三項に基づく所得金額等の推計は、その実額の把握ができない場合に限り許されるものと解すべきところ、原告は、前記のとおり所得金額の把握に必要な資料(収支明細表、売上帳、伝票、領収書等)を提出し、調査にも応じているのであるから、被告が推計により本件処分を行うことは許されない。

3. 被告主張の同業者率による原告の売上金額の推計は、次のとおり不合理である。

(一)  同業者率による推計の場合には、当該納税義務者の営業の実態と推計の資料に供される同業者のそれとが同じでなければならないところ、本件で推計の資料とされた同業者については、営業場所、規模、従業員数、店の周囲の状況取扱品目、同業者との競争の程度等が明らかでないから、これを推計の基礎に用いることはできない。

(二)  本件で推計の資料に供されている同業者相互間には、売上金額において八〇〇万円、差益率において一〇パーセントもの差があるから、そもそも同業者の抽出が相当でなく、その平均値による同業者率の算出は合理的でない。

(三)  一般の青果業者は、税務署対策として青果市場の取引帳簿に記載される仕入れのほかに現金買いによる「簿外仕入れ」を行っているのに対し、原告はかかる簿外仕入れは全くしていなかったから、被告が推計の基礎に用いた同業者は、原告と仕入金額の点で規模が異なる者というべきである。

また、大多数の青果業者は、当時、一部現金仕入れを行ったうえ、右仕入金額を帳簿上除外することにより、税務署の認める差益率に合致するように差益率を引き上げる操作を行っていたのであるから、このような同業者の平均差益率は真実の差益率を上回るものであり、これを原告の所得の推計の基礎に用いることは誤りである。

(四)  原告は、通常の青果業者に比して、次のように劣悪な条件で営業せざるを得なかったのであるから、原告の売上金額を推計するに際し同業者の平均差益率を適用するのは不合理である。

すなわち、原告の営業用店舗は、もと長兄が営業していたものであるが、同人の妻の長期にわたる闘病生活のため営業成績は低下し、顧客の信用も失い、ついには一年間以上閉店のやむなきに至ったため顧客も離散した。このような状態の店舗において、原告は昭和三六年青果業について全く経験もなく(市場での青果物の仕入れには長年の経験に基づく勘が必要である。)、資金もないまま開業せざるを得なかった。また、原告の店舗は、駅から遠く、商店街でもなく、近くに関連商店もない、空地と住宅に囲まれた場所に位置し、しかも近隣には、いわゆる「引き売り」の店もあるため、客が少いうえ、客層も一般家庭への店舗売りが殆んどで、飲食店や会社などの大口需要はなかった。さらに、右店舗は、約一六平方メートルの広さしかなく、古いうえ体裁も極めて悪かった。そのうえ、原告は昭和三九年当時高血圧の持病で休まなければならないことがままあり、幼い子三名をかかえ、妻と店員一名と合計三名で営業していたのであるから、原告は営業に専念できない状態であった。

これに対し、推計の資料に用いられた同業者とくに第二次的主張に用いられた六同業者は、仕入金額、売上金額及び売上差益額のいずれにおいても大きく、かなり大規模で資金力も豊かであり、かつ、簿外仕入れも行っていたものである。

4. 被告の所得計算の根拠に関する第二次的主張は、既に証拠調も終了した審理の最終段階において新たに提出されたものであるから、右は時機に後れた攻撃防禦の方法であり、かつ、これがため訴訟の完結を遅延させるべきものであって、却下されるべきである。

第五原告の反論に対する被告の認否及び再反論

一、原告の反論の認否

原告の反論1ないし4の各事実は、いずれも争う。

二、被告の再反論

1. 本件訴訟の審理の対象は、本件処分における課税標準等又は税額等が実際の課税標準等又は正当な税額等をこえているかどうかであるから、被告としては、その範囲内において新たな事実を主張・立証することができる。

2. 被告主張の差益率の推計の基礎に用いている同業者はすべて青色申告者であって、青果市場の帳簿に記載される仕入金額のみならず、現金買いによる仕入金額もすべて記載しているものであるから、その仕入金額において原告指摘のような相違は生じない。

また、原告は、一般の青果業者が簿外仕入れを行い、自已の差益率を引き上げて申告していたと主張しているが、一般に簿外仕入れは、それに対応する売上金額を隠ぺいすることによって所得税を免れるために行われるものであって、その際、仕入れのみを簿外とし、売上げを所得計算に組み入れることは簿外仕入れ相当額だけ所得金額が増加し、それだけ不利な納税を行わなければならなくなるから、右のような方法がとられることは経験則上考えられないところである。

第六証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載(ただし、証人長田トシヱとあるのを証人長田トシエと、証人阿部享次とあるのを証人阿部亨次と、証人中田正男とあるのを証人中田正雄とそれぞれ訂正する。)のとおりである。

理由

一、本件処分の経緯

請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件処分についての違法事由の存否

1. 質問検査権行使における違法の有無

(一)  原告は、旧所得税法六三条所定の質問検査権の行使は、納税義務者の申告以外にも納税義務があることが客観的に明らかな場合に限られるべきである旨主張するが、同条の規定は、調査権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申告の内容、帳簿書類の記入・保存状況等諸般の事情に照らして、客観的に必要があると判断される場合には、いわゆる質問検査権を行使し得る旨を定めたものと解すべきであるから、原告の右主張は採用できない。

そこで、右の観点から本件における質問検査権の行使について検討する。

成立に争いのない甲第三号証、乙第二号証の一、二及び証人田上敏の証言によると、原告は昭和三九年分の所得税の確定申告書の提出に当たり、所得金額欄に収入金額、必要経費を記入せず、専従者控除額と所得金額を記載したにとどまったため、所得金額算出の根拠が不明であったこと、原告の仕入先である多摩青果の売上資料によって認められる原告の仕入金額に比して前記申告になる所得金額が過少であるとの疑いがあったことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして、右事実のほか後記(二)認定の原告の帳簿書類の記入・保存状況、調査の経緯等を合わせ考えると、被告の調査担当職員が原告の昭和三九年分の所得税について確定申告の当否を調査するため質問検査権を行使する客観的必要性があったものと認めることができる。

(二)  また、原告は、被告職員が原告方の不当な臨店調査を行い、原告の営業活動を著しく停滞させた旨主張する。

そこで、被告職員の原告に対する臨店調査についてみると、証人田上敏、同菊島郁俊、同小沢才介、同大木広太郎の各証言、同山田勝久、同山田志摩子、同長田トシエの各証言の一部、原告本人尋問の結果の一部及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、被告職員は、昭和四〇年六月二二日(以下、昭和四〇年については年を省略する。午前一一時ころ原告店舗に原告の昭和三九年分の所得税についての調査のため臨店し、原告に対し来意を告げたところ、原告は「今市場から品物を仕入れてきたばかりで忙しいし、突然来られては店の妨害になるばかりだ。」というので、同職員は一たん退出してから、再び同日午後一時過ぎ原告方に臨店して原告に帳簿書類を見せて欲しい旨申し入れた。原告は、これに対し「自分の申告は既に被告により受け付けられたので、いまさら調査を受ける必要はない。調査の必要な理由を先にいって欲しい。」などといい張るので、さらに、被告職員が繰り返し帳簿等の提示を求めた(右の帳簿等の提示の要求の点は、当事者間に争いがない。)ところ、原告は「記帳したものはないが、経費については証拠書類を次の日曜日までにそろえておくから日曜日過ぎに来てくれ。」といった。そこで、被告職員は六月三〇日原告方を訪問すると、原告は月別収支明細表(甲第二号証)と経費関係の領収書を提示(右の書類の提示の点は、当事者間に争いがない。)したが、日々の取引を記録する金銭出納帳、売上帳、仕入帳及び入出金伝票等は提示しないで、「これで全部で、他にはない。客が来ると忙しくなるので三時ころまでに調査を終えてくれ。」と申し立てたので、同職員は収支明細表を記録し、これと領収書の一部との照合を行った後、さらに実際の差益率をみるため原告に仕入価格と小売値について尋ねたが、原告は答えなかった。そして、同職員は、約束の午後三時ころになったので、やむなく調査を打ち切って退出した。

被告職員は、八月一一日再び原告方に臨店し、原告に引き続き調査に来た旨を告げると、原告は、「もう調査は終ったのではないか、何回来れば気が済むのだ。」「自分は今から出掛けるところだ。」というので、次に臨店して差し支えのない日を尋ねたところ、八月二五日以降に来て欲しい旨答えた。そこで、同職員は八月二五日午後一時ころ係長とともに原告方におもむき、係長が来意を告げたところ、原告は「これ以上みせるものは何もない。」「営業の妨害になる。」などといって、全く調査に応じようとしないので、その場に居合わせた原告の妻に別の都合のよい日を尋ねると、同女は八月二七日ごろ来てくれ、といった。

ところが八月二六日になって原告から右係長に九月二日ころにして貫いたい、との電話連絡があり、さらに、九月一日には九月四日か五日にして欲しい旨の電話による延期の申し入れがあったので、右係長は原告に事前に連絡したうえ、九月七日原告店舗に臨店したところ、その場に原告、その妻、原告の兄勝久のほか女性一人がいた(第三者の同席の点は当事者間に争いがない。)ので、第三者の退出を求めると、同人らは「民商の事務局員の立会の禁止は税法上どこに書いてあるのか。税理士法は税理士を拘束するにすぎない。」とか、「原告の申告が過少であるという理由を示せ。」と申し立てて調査に協力しようとしなかった。

原告は、昭和四一年一月二〇日本件更正について異議申立てをしたので、被告の担当官はその審理のため、事前に電話連絡のうえ同年四月六日原告方に臨店し来意を述べたところ、再びその場に原告とその兄勝久のほかに附近の同業者や民商事務局員が同席(右の第三者の同席の点は当事者間に争いがない。)していたので、第三者の退席を求めたが、これに応じないので相当長時間にわたる問答のすえ右二名は退席した。そこで、同担当官は原告に対し更正の取消しを求める理由、原告の申告の所得計算の根拠及びこれを裏づける帳簿、書類について説明を求めたが、原告はこの説明をしないで、被告側で更正の理由を開示するのが先決だ、と述べ、その間に前記民商事務局員も再び入室して同趣旨の発言をし、押し問答になったため、やむをえず退出した。

さらに、原告は、同年五月一六日審査請求をしたので、担当協議官は審査のため同年九月二九日原告方に臨店したところ、原告は当日用件があるから調査は別の日にして欲しい旨申し出たので、次の調査の日を打ち合わせて退出した。そして、右協議官はさきに約した同年一〇月初め原告店舗を訪れ、帳簿書類の提出を求めたところ、原告は既に提示したことのある収支明細表と領収書のほかに新たに売上帳を提出したので、その内容の説明及びこれを裏づける日日の入出金、売掛分の取引を明らかにする資料の提出を求めたが、これらの資料の提示は得られなかった。さらに、右協議官は同月中旬に原告方で毎月末の売掛入金を確認し得る資料の提示を求めたが、その提示も得られなかった。

以上の認定に副わない証人山田勝久、同山田志摩子、同長田トシエの各証言及び原告本人尋問の結果の各一部は、前掲各証拠に対比して採用できない。

以上認定の調査の経緯からすれば、被告の担当職員ないし協議官は、原告の希望を斟酌して営業に支障の少い日時に調査を行ったのであり、また、その所得額の調査のため必要な範囲内で質問・検査を行ったことが明らかである。してみれば、被告職員らが本件臨店調査により原告の営業活動を社会観念上相当とする限度をこえて停滞させ妨害したということはできないから、この点に関する原告の主張は失当である。

2. 結社権等の侵害の有無

原告は、被告が原告を武蔵野民主商工会から離反ないし脱会させるために原告に対し徹底的な調査及び本件処分を行った旨主張する。

証人田上敏、同岡部留吉、同山田勝久の各証言、同大木広太郎、同長田トシエの各証言の一部及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和三七年ころ武蔵野民主商工会に加入して、それ以来その活動に参加してきたこと、昭和三八、九年ころから各地において民主商工会の活動に関し税務署長から管内の同会や会員等に対して警告文が発せられ、脱会者が出たこともあったこと、被告の担当職員は、昭和四〇年七月ころから調査の際に民主商工会の事務局員等が立ち会うことを拒むようになったこと、被告の担当職員が原告に対する前記臨店調査に当たり、原告が民主商工会の会員であることを知っていたことが認められるが証人長田トシエの証言中、昭和三八年当時の国税庁長官が民商を三年以内につぶすと声明して以来、各税務署が民主商工会に対する妨害、ひぼうを行い、被告も昭和四〇年にいわゆる特団係を設置して民主商工会会員に対する調査に当たらせたとの部分及び証人大木広太郎の証言中、被告職員が調査の際に民主商工会の会員に対し同会を辞めれば調査を加減してやる旨述べたとの点は、にわかに信用し難い。

そして、右認定事実からただちに、被告が原告を武蔵野民主商工会から離反ないし脱会させるために原告に対する前記調査及び本件処分を行ったものとは推認できないことはいうまでもなく、他にかかる事実を認めるに足る証拠はなく、かえって、前記1の(二)に認定の調査の経緯からみて、右調査は原告の確定申告の当否の判断のために必要であったことは明らかであるから、原告の右主張は失当というほかない。

3. 所得金額の認定における違法の存否

(一)  原告は、被告が本件処分における所得計算の根拠について本件訴訟において新たな主張を追加して右処分の適法性を補うことは抗告訴訟の性質上許されない旨主張するが、本件訴訟の対象は本件処分そのものの適法性であって、その処分当時にこれを理由づけた処分根拠の有無ではないのであるから、被告が処分の適法性について本件訴訟において新たな主張・立証をすることを制限されるべき理由はないものというべきである。よって、原告の右主張は失当である。

(二)  被告職員が本件更正のための調査に際し、原告に再三帳簿・書類の提示を求めたが、原告が収支明細表と領収書とを提示したにとどまったばかりでなく、被告職員の臨店調査の際にも、原告が更正理由の開示の要否、第三者の同席の可否等をめぐって押し問答を繰り返したりして調査に協力しなかったこと、また、原告がその異議申立てに対する被告職員の臨店調査の際にも右と同様の態度をとり調査に応じなかったこと、さらに、原告は審査請求に対する担当協議官の調査において初めて前記書類のほかに新たに売上帳を提示したもののこれを裏付けるべき日々の入出金、売掛分の取引等を明らかにした適確な資料の提示はなかったことは、前記1の認定のとおりであり、また、前示の売上帳(成立に争いのない甲第一号証の一、二)及び収支明細表(成立に争いのない甲第二号証)は、その体裁、記載の内容及び方法、税務職員に提示された時期等にかんがみ、全面的には信用し難いものである。

してみると、本件については、原告の所得金額の算定に当たり、収支計算に必要な帳簿の備え付けがないため、原告の所得の実額を把握することが不可能な状況にあったということができる。したがって、被告が本件について推計により原告の所得金額を認定することは適法というべきである。

(三)  そこで、次に、被告が原告の昭和三九年分の売上金額についてした推計及び原告の総所得金額の認定について検討する。

(1)  売上金額 九〇四万〇三五七円

(ア) 被告は、第一次的に、原告の昭和三九年分の仕入金額に管内の二四名の同業者の同年の平均差益率を適用して、原告の売上金額を推計し、これから右仕入金額及び必要経費等を控除したうえ、多摩青果からの仕入割もどし金による雑収入金額を加算して原告の同年分の所得金額を算出すべき旨主張する。

しかし、右の仕入割もどし金についての会計処理方法としては、右のように仕入割引きとして営業外収益に計上するもの(成立に争いのない乙第五号証参照)のほか、仕入金額からこれを控除する方法も想定される(証人松野俊治郎の証言参照)ところ、成立に争いない乙第四号証の一、二及び弁論の全趣旨(被告の昭和四八年一一月二七日付準備書面参照)によると、前記の二四名の同業者のうち、<1>仕入割もどし金を明示のうえ雑収入に計上している者は六名にすぎず、<2>他の一三名については、雑収入金額のみ記載しているため、それが仕入割もどし金であるか否か、或いは、仕入割もどし金を一部含んでいるか否か不明であり、<3>その余の者については雑収入の記載が全くないことが認められるから、右の<2>、<3>の同業者についてはその仕入割もどし金の会計処理が前示の方法のうちいずれかであるかを確定することができない。したがって、原告の売上金額について、被告の前記のような会計処理方法(雑収入に計上する方法)に基づいて推計する以上、これと異なる会計処理をした可能性のある前示<2>、<3>の同業者を含む前記二四名の同業者全体の平均差益率を用いて推計するのは正確性を欠き合理的でないというほかなく、むしろ、被告の前記会計処理方法と同様な方法により会計処理したことが明らかな前示<1>の六名の同業者の平均差益率を用いて推計するのが合理的というべきである。

(イ) そこで、次に、前示<1>の六名の同業者の平均差益率を用いて原告の売上金額を推計する被告の第二次的主張について検討する。

(a) 原告は、被告の右主張が時機に後れた攻撃妨禦の方法であり、かつ、これがため訴訟の完結を遅延させるべきものであって、却下されるべき旨主張する。なるほど、本件訴訟記録によると、被告は第二五回口頭弁論期日に至って、始めて右主張を追加する旨を記載した準備書面を提出し、第二六回口頭弁論期日においてこれを陳述したことが明らかであるが、右主張の追加によって、とくに新たな証拠調期日を必要としたわけでなく、同日の口頭弁論期日において、被告の右主張及び従前の主張に対する原告の反論が行われて結審したのであって、本件訴訟の経過全般に照らしてみるならば、右主張が訴訟の完結を遅延させるべきものということはできないから、原告のこの点に関する主張は失当である。

(b) そこで、さらに、被告の前示<1>の同業者の平均差益率による原告の売上金額の推計の合理性について考察する。

証人松野俊治郎の証言及び右証言によって成立を認める乙第一号証の一、二、前掲乙第四号証の一、二並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告が、原告の同業者の平均差益率を算出するため、その管内の当時の市政施行地たる武蔵野市、三鷹市及び小金井市内で青果業を営む青色申告者三六名のうちから、仕入金額が後記認定の原告の仕入金額の約一・五倍である一〇六〇万円以上及び同仕入金額のほぼ半分にあたる三六〇万円以下の者を除外した同規模程度の同業者で、昭和三九年の途中で事業を開廃したり、個人から法人組織に変更したりした者等特殊事情を有する者を除いた者二四名を抽出し、さらに、その中仕入割もどし金の雑収入計上が明らかな六名の同業者を抽出して、その各売上金額及び売上差益金額を調査したところ、別表のとおりであったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、同別表から右同業者六名の平均差益率を求めると、計算上二〇・九四パーセントとなり、これを後記(2)認定の原告の仕入金額七一四万七三〇七円に適用して原告の売上金額を求めると、九九〇四万〇三五七円となる。(別紙計算式(3)参照)。

そして、被告は、以上のとおり、原告と同地域同規模の同業者のうち前記のような特殊事情のある者及び会計処理方法に不明確な点のある者を除外した残り六名の平均差益率によって原告の売上金額を推計したものであるから、右推計方法は合理的なものということができる。

(c) 原告は、被告抽出の同業者について営業場所、従業員数等の諸条件が明らかでなく、右同業者間で売上金額について八〇〇万円、差益率について一〇パーセントの差異があることを理由にかかる同業者の平均差益率による推計が不合理である旨主張するが所得の実額が把握できない場合に同業者の平均値によってこれを推計する方法には合理性があるというべきであり、既に平均値による推計を許容し得る以上、当該同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収され捨象されたものとして無視することもやむを得ないといわざるを得ないのであるから、原告主張のような諸条件が同一か否か明らかでないとしても、また、売上金額等に原告指摘程度の差異があるとしても、これを同業者の平均差益率算出の基礎となし得ないとする理由はない。

(d) 原告は、他の一般の青果業者は簿外仕入れをしているのに原告はこれを全くしていなかったから、被告が推計に用いた同業者は原告と仕入金額が異なり規模も異なるものである旨主張する。なるほど、証人松野俊治郎の証言によると、被告の管内の青果業者のうち、三、四割の者が昭和四一年分の所得税の確定申告の際に簿外仕入れをしていることが判明して、被告により修正申告するよう指導されたことが認められ、右事実からすれば、昭和三九年分の所得税の申告においても被告管内の同業者のうち簿外仕入れをしていた者がある程度あったであろうことが推測されるから、被告の推計に用いた同業者の中にかかる者が含まれている可能性をいちがいに否定することはできないが、前掲乙第一号証の二によると、被告が抽出した二四名の同業者については計算上、売上金額ないし仕入金額の大小と差益率の高低との間に全く相関関係がないことが認められ、青果業者の差益率は、この程度の営業規模においてはその規模の大小によって左右されないものといえるから、仮に、前示の六名の同業者中に簿外仕入れを行っているためその規模が被告の想定したものをいくらか上回る者が含まれていたとしても、そのために平均差益率が不当に高くなっているということはできない。したがって、原告のこの点に関する主張は採用するに由ない。

また、原告は、他の大多数の青果業者が、簿外仕入れによりその仕入金額を除外して差益率を税務署の認める程度に引き上げているから、かかる同業者の平均差益率を推計の基礎に用いることはできないと主張し、証人長田トシヱ、同中田正雄、同阿部亨次、同山田勝久の各証言及び原告本人尋問の結果中には、右主張に符合する部分が存するが、証人松野俊治郎の証言及び弁論の全趣旨によると、納税義務者が簿外仕入れにより仕入金額だけを除外して売上金額を帳簿に記載することは納税上不利になるため通常は行われておらず、現に被告管内における青果業者の昭和四一年分所得税についての修正申告の指導の際にも、簿外仕入れを行った青果業者については、仕入金額のみならず、それに見合う売上金額も帳簿上除外されて所得の計上が過少であった点が指摘されたこと、したがって、簿外仕入れは差益率操作のために行われたわけではなかったことが認められるから、前掲の各証言等はにわかに信用し難く、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない(なお、仮に被告抽出の前示同業者中に簿外仕入れをした者が含まれているとしても、このように売上金額もそれに見合う分だけ帳簿上除外していたとすればその差益率にはなんら影響を与えないものというほかない)。よって、原告の右主張も失当である。

(e) さらに、原告は、開店の経緯、経験、立地、店舗、客層、原告の健康等の点で他の同業者に比して劣悪な条件の下で営業していたのであるから、原告の売上金額を同業者の平均差益率によって推計するのは不合理である旨主張する。

しかし、既にみたように、所得の実額が把握できない場合に、同業者の平均差益率によってこれを推計するのは合理的な方法であり、この場合、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視し得るのであるから、課税庁においてかかる推計による所得の認定を行い、かつ、その方法が、業種の同一性、営業規模の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者側に存する営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計を根本的に不当ならしめる程の顕著なものであることの立証がない限り、これを斟酌するを要しないと解すべきである。ただし、そもそも推計課税が許容されるのは、正確な帳簿書類の備え付けもなく当該納税義務者等による調査の協力も得られない場合なのであるから、課税庁において当該納税義務者の個々の具体的営業条件をすべて把握したうえでこれと同一条件の同業者だけを抽出して推計しなければならないとすれば、同業者率による推計課税を実際上ほとんど不可能にし、ひいては、他に適切な推計方法もない場合には、課税自体を不可能にし、正確な帳簿、書類を備えつけ、調査に協力する納税者との間の課税の公平にももとる不当な結果を是認せざるを得なくなるからである。そして、原告の営業条件が劣悪であるとして原告の指摘する前記の諸事情が、本件において被告が主張する推計方法を根本的に不当ならしめる程顕著なものであることについては、これを認めるに足る証拠はない。

したがって、原告のこの点の主張は採用することができない(なお、原告の右主張中には、原告と推計の資料に用いられた同業者とは、仕入金額、売上金額等の点で規模が異なるとの指摘も包含されているもののようであるが、前示同業者や原告程度の規模の範囲内では、規模の大小は差益率の高低に関連しないことは、既にみたとおりである。)。

(f) 原告は、その昭和三九年分の売上金額が八七三万四一三三円であると主張し、右に符合する証拠として前掲甲第一号証の一、二及び同第二号証があるが、右甲号各証が全面的には採用し難いものであることは、既に前記二の3の(二)において判示したとおりであり、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

(2)  売上原価(仕入金額) 七一四万七三〇七円

成立に争いのない乙第二号証の一、二、前掲甲第二号証(一部)及び証人田上敏の証言並びに弁論の全趣旨によると、原告の多摩青果からの昭和三九年分の仕入金額は合計六三五万〇四〇七円であり、同年分の現金仕入金額は七九万六九〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、原告の同年分の売上原価総額は、原告主張のとおり七一四万七三〇七円となる。

なお、被告は右仕入金額のうち三万九〇〇〇円は消耗品費であるから控除すべき旨主張するが、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。

(3)  一般経費 五一万八二一八円

原告の昭和三九年分の一般経費が五一万八二一八円であることは、当事者間に争いがない。

(4)  雑収入金額 二万〇六二四円

成立に争いのない乙第三号証の一、二及び証人小沢才介の証言によると、原告は、多摩青果から昭和三九年中の仕入割もどし金として合計二万〇六二四円の支払をうけたことが認められ、右認定を覆するに足る証拠はない。

(5)  雇人費 四三万五〇〇〇円

(6)  地代・家賃 一二万六〇〇〇円

(7)  専従者控除額 八万六三〇〇円

以上(5)ないし(7)は、いずれも当事者間に争いがない。

(四)  してみると、原告の昭和三九年中における総所得金額は、前記(三)の(1)から(2)、(3)、(5)ないし(7)を各控除し、(4)を加算して算出すると、被告の主張額をこえるものとなり、被告の本件処分における認定額(ただし、審査裁決によって維持された部分)を下らないことは明らかであるから、本件処分には、原告の総所得金額を過大に認定した違法はないものといわなければならない。

三、結論

以上判事の理由により、被告が行った本件処分には、原告主張のような違法がないことが明らかである。

よって、原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 加藤和夫 裁判官 石川善則)

(別紙)

計算式

(1) 売上金額=仕入金額7,108,307円÷(1-差益率0.2073)=8,967,209円

(2) 売上金額=仕入金額7,108,307円÷(1-差益率0.2094)=8,991,028円

(3) 売上金額=仕入金額7,147,307円÷(1-差益率0.2094)=9,040,357円

(別表)

昭和39年分青果業者調査表

<省略>

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